10月中旬にWebサイトが完成したSO!の新サービス「もう一つの仕事場」にとって、まさにタイムリーに興味深い本が出た。10月末発刊、岡田斗司夫著『僕たちは 就職しなくても いいのかもしれない』

「もう一つの仕事場」でも、今や「どう働くかは、どう生きるか!」ということを主張しているのだが、本書のあとがきで、岡田さん自身、本書の主要テーマは「就職しない生き方」だと語っている。


プロフィールによると岡田斗司夫さんは、1958年大阪府生まれ。映画プロデユーサー、社会評論家、FREEex主宰者、自称オタキング(おたくの王)。(株)クラウドシティ代表取締役や大阪芸大の客員教授などなど、現在も過去も含め、まさに色々な顔を持ち、入園翌年には、幼稚園は通う意味がないと主張し退園するなど、幼少の頃からエピソードには事欠かない奇才の方。

経歴を読んでいるだけで楽しく、吹き出しなくなるような人なので、興味がある方は、下記Wikipediaで岡田斗司夫プロフィール」をどうぞ!http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E7%94%B0%E6%96%97%E5%8F%B8%E5%A4%AB

ところで、当書の内容(京都の同志社大学での講演をまとめたもの)も、日本などの主要国にとって、益々脱成長経済が避けられそうにない今後の社会を、どう捉え、どう働き・生きるかの解析と提言が大変ユニークなのだが、「もう一つの仕事場」というリアルな場を通じて、雇用不安定化社会での雇用や働き方を共に考えよう!とする私にとって、興味深く大変参考になった概要を著書からいくつ引用させて頂くと、

◆いつから「働く=就職」になったのか?
いまの僕たちは、「働く」というのは、「どこかの会社に雇われる=就職すること」と自動的に考えています。しかし、人間が働くというのは、必ずしも就職とはかぎらないのです。1950年代の日本の人口は8,000万人。当時、就職口があまりない女性たちは、ほとんど就職しないなかったため、人口の半分は「非・就職人口」でした。残りの4,000万の男性も、家業である農作業や「工事の日雇い」や「店の手伝い」などの人が多く、就職していたのは当時の人口の1/4、1,200万人弱。

それじゃ、当時の女性は働いていなかったのかと言えば、専業主婦や子育てなどお母さんの役割をすることで働いていたのです。本当は「働くこと」が大事なのに、今は、いつの間にか成立してしまった、「国民が全員、一度は就職を考える」という、かなり特殊で異常な状態なのだ。

◆就職の終わり
就職がしんどい理由は会社が人を雇わないから。何故会社が人を雇わないか?理由は3つ。
①企業の平均寿命が5年を切り、これからずっと安定な会社が存在しない(公務員も安心ではない)
②新人を雇って教える余裕がない。現在の社員でやりくりするのが精いっぱい。
③怖くて人が増やせない。世の中に新しいアイデアが出てくるたびに、産業や業態がつぶれたり、会社の売上が半減するから。

◆お金は何の為に必要なのか?「ミームという豊かさ」
20世紀の社会では、「新品や中古品を店頭やネットで買う」(お金での取引)が普通だったが、これからの時代は、「所有」から「共有」、また「孤立」かた「つながり」が重視される時代になる。

そこでは、例えば、使わなくなった音楽プレーヤーをだれかにあげる。もらった人は、自分もまた他の人にあげる。「俺、これを○○さんから貰ったんだけど、おまえにあげるよ。確か音楽好きだろう」こんな風に物が渡っていく流れの中でストーリーが生まれ、自分もそのストーリーの一部になれる。誰かに覚えて貰える。これを「ミーム」(知伝子)と呼ぶ。肉体の連続性に関する「遺伝子」に対して、文化や社会の遺伝子を説明する為に生れた概念。

つまり、歴代の所有者の個性が上に積み重なっていく。古いもの、中古のお下がりには必ず「ストーリー」がある。そんなストーリーの中で我々は生きていける。お金で買った新品には、そんなストーリーがない。

このように、お金の取引はその場で終わる。しかし、ミームという「周囲との関係性」での取引はその先も育ち続きます。この方が豊かではないでしょうか?

◆「マネー経済から評価経済へ」成功=お金儲けでなくなった
先日、「エコノミスト」という経済誌の記者が「評価経済について教えて下さい」とやってきた。エコノミストは、元気な若い起業家がたくさん登場し、お金儲けのサクセスストーリーの記事を多く掲載しているが、最近、世間で革新的と言われている若者を取材すると、「いや、大事なのはお金ではないんです」と言う。よく聞いてみると、岡田斗司夫が主張している「評価経済」の流れに影響を受けているらしい。まあ、若者の間の一時的なブームとも言えるが、しかし、同時期に経済専門誌の「東洋経済」の記者も取材に来た。

経済誌の記者は、今後の経済発展や景気の回復に関して、あちこちにアンテナと人脈を張っている。その彼らが、最近はマネー経済とは違う原理によるムーブメントが起きているぞ、とキャッチして注目せざるを得ないということです。「お金を動かさずに経済を回す」こうしたサイクルが評価経済の完成イメージです。

◆お金がない世界と未来格差
お金がない世界とは、「お金がゼロの世界」ではありません。「お金があって当たり前」、「お金が必要に違いない」という固定観念や常識が通用しない世界です。

例えば、「お米は買って当たり前」の人と、近隣の農家から「お米はタダでもらう」という両方の人が共存している世界。この世界では「お金持ち」はけっして優位な人ではありません。お金でお米を買う人は、「お金しか手段を持たない、かわいそうな人」です。お米をタダでもらえる人は、「お金を払って買うこともできるけど、その必要性がない人」です。

優位なのは、「有益なつながり」の多い人、つまり「評価の高い人」です。
お金がいらない世界の到来を実感していて、徐々にその世界に足を踏み入れている人もいれば、まったく理解できず、準備や心構えが何も出来ていない人もいます。両者の差を、僕は「未来格差」と呼んでます。来るべき「未来」を知っているか、実感しているかどうかで格差が出来てしまう。今は小さくとも、格差はどんどん拡がります。ついには、貨幣経済上での格差以上に拡がることでしょう。

◆「単職」から「多職」へ
どうしたら、未来格差を乗り切れるか?これまでは、「単職」の時代でした。
僕たちは一つの仕事に就き、一つの企業で働いていました。しかし、これからは「いくつもの」の仕事を持つしかない「多職」の時代になります。「多職」とはメインの仕事を一つやりながら、軽い仕事を一つか二つやる程度の副業とはレベルが違います。何十個の仕事を同時にこなし続ける。仕事が減ることを見越して新しい仕事を常に探して、受けられる限り受け続ける。そうやって、仕事の量も、収入も、評価も動的安定をめざすのです。動的安定をしているこの状態を「多職」と呼びます。

勤めている会社がダメになりつつあるとき、「そろそろ、他の会社や仕事に移ったほうがいいようだ」と、早いうちに手を打てば被害は少ないけれども、その会社、その仕事しかないと思いこんで、他の仕事を見つけようとする発想すらなかったら、ズブズブとその会社ごと沈んでしまいます。

◆「お手伝い」のサーフィン
これからの生き残り策は、崩れつつある単職になんとか自分だけ潜り込みことではなく、「多職」にシフトすることです。たった一つの仕事から、少なくとも10の仕事をもつ。僕は出来れば50種類と考えています。50種類も同時にできる仕事って、はたして「職」と呼べるものなのか?と疑問に思うでしょうが、たしかに、その多くは「職」と呼べないかもしれません。お金になる時もならないときもある。お礼にちょっとした品物を貰うだけ、奢ってもらって終わり。ということもあります。

こういうものを僕は「お手伝い」と呼んでいます。お手伝いをいっぱいする。次々とする。お手伝い(=仕事)のサーフィンです。仕事サーフィンこそが「多職」の正体なのです。単職に就くことが「就職」なら、多職に就くことが「仕事サーフィン」です。単職に就く人が「正社員」なら、多職に就く人が「仕事サーファー」です。

その他にも、興味深いテーマが多い
◆百姓=「百の職業をもつ人」

経済が右肩下がりであるという事実は、もうどうしょうもない時代では、
◆貧乏を肯定するしかない

◆最後はいい人が生き残る
◆愛されニートのモデルケース

などなど、興味深い内容も多いが、きりがないので、今回はこの辺りにして、後は、岡田斗司夫著『僕たちは 就職しなくても いいのかもしれない』(PHP新書 760円)を購入する、友達から譲る受ける、図書館で借りる。などして、是非お読みください。

 

 

 

 

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