随分久しぶりの投稿となってしまいました!(お詫び!)

仕事の選択に際し、よく言われることに、「就職」と「就社」がある。
往々にして、女性は「職種」で仕事や就職先を選ぶが、男は、先ず「入りたい会社」を選び、その中で与えられる仕事に就くパターンが多いと言われる。さもありなん!と納得させられる。

私自身の仕事の経歴をざっと振り返ってみると、40年前に、三浪して入学した大学を卒業して社会人になったとき、私は、どちらかと言えば、「就社」ではなく、職を選んだと思っている。
学生時代に絵画展や街の画廊に何度か足を運んでいたことから、どうせサラリーマンになるなら、画廊に関係した仕事に就けるかも?と考えて画材メーカー(文具メーカー)に入った。第一志望は広告代理店だったが、私レベルの感性や文章力ではダメだったのか、見事に数少ないチャンスの「就職試験」に落ちたので、最終的に画材メーカーに勤める事にした。

その後、15年程、その会社で幼児教育や美術教育に関した仕事をした後、諸事情で退職した後の転職先も、当時、流行りの仕事で、面白そうだと思って選んだのが、家具の販売や内装工事を含めた『オフィスをトータルプラニング』する提案型の仕事で、そこで9年勤め40歳代の最後に、同じオフィスプランニングの会社を興すこととなった。

転職や起業は、正直、色々な不安がつきまとうが、運命というか、状況とのタイミングが合うと、結構思い切った一歩が踏み出せるようです。とは言っても、私の場合、今思うと、転職や起業時にどれほどの覚悟をもっていたか、余り自信はなく、案外、「エイヤッ!」という感じだったようにも思う。それでも、「就社」ではなく、自分が興味のある仕事を選んだことは確かだと思っている。

ところで、私の好きな哲学者の内山節氏は仕事に関して、いろいろ興味深いことを述べておられるが、『戦争という仕事』の中で、こんな事を書いています。『戦争という仕事』 内山節著  農文協発刊 P282

 仕事の選択には、ある種の覚悟が必要である。その気持ちは今でも消えていない。ところが、その覚悟を抜きにして、人々が就職先を探したのが戦後の日本だった。実に多くの人たちが、安定した就職先という基準から自分の仕事を選択した。そして今日では、私たちはその結果として生じた現実にあえいでいるようにみえる。
現在の若者の多くには明らかに、サラリーマンになることへのためらいがある。仕方ないから就職先を探すけれど、かってのような、安定した就職先がみつかれば未来が開けるといった楽観は消え失せている。その理由は、雇用環境の悪化だけにあるのではない。むしろ、サラリーマンになることによって、自分もサラリーマン的人間になるのではないかという不安があるからだと、私は感じている。

社会のことよりも、企業のことを優先する人間、企業内的な序列感覚で人間社会をみる人間、教師の論理でしか社会や人間をみられない教師になることも、すべてのことに、若者たちはためらいを感じている。
その結果、自分の仕事を選択できない大量の人々が生まれ、それが社会保障制度の危機をも招きながら、今日の社会をゆるがしはじめた。 (転載おわり)

前段の私の振りと、内山節さんの謂わんとするところは、内容的に少し違うかもしれないが、昔は兎も角、これからの若い人は特に、安定した企業への「就社」を最優先するのではなく、やはり、自分の好きな「仕事」に就くことが大事であると思う。それが「就職」であっても、また起業という形の「就業」であったとしても。

同様に、哲学者で思想家の内田樹さんは、上司の指示に従って仕事をする「会社という組織」しか経験してこなかった人が、自分の考えに基づき政治的発言をしたり、デモなどの行動を起こすることが出来る訳がない、という意味の事を書いておられたが、仕事を選ぶということは、自分にの生き方を選ぶということだとは、「もう一つの仕事場」が、今の30代の若者に最初に伝えたいメインメッセージでもあるのです。

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